そういえば、いない(無くなった)もので、今年一番の衝撃を受けたのは、なんと言っても、「池善化粧品店」だ。

また、四条河原町になってしまうが、京都人で知らない人はいないのではないか。それくらいずっと昔から変わらず高島屋の懐に入りこんでいるような3店舗だった。

現在の池善ビル

いつぞや、京都高島屋がリニューアルして外壁が綺麗になった時なんかは、向かいの横断歩道から眺めてみると、より池善ビルの老朽化が逆に目立ってしまい、きれいになったのか何なのか良くわからない、只々とてつもない違和感を醸し出していた。「変だ。」シンプルにそう思った。そしてその様相を保ったまま現在に至る。

高島屋は喉から手を出してでも、欲しいのだろうなと思いつつ、梃子でも動かない老舗の意地のようなものを感じて、密かに応援していた。

それが今年の春、久しぶりに四条に出て、今風のコンタクトレンズショップに変わっているのを見た瞬間、「嗚呼、ついに!」「とうとう!」そんな思いが胸を駆け巡り、「高島屋に売らなかったのは、せめてもの最期の抵抗か!」
なんて勝手に思ったりしていた。

それが、ブログに書こうかということで、今回少し調べてみると、な~んと池善ビルは持ちビルのまま、社長の高齢化によりテナント貸ししただけで、これまたな~んと、ちゃっかり池善化粧品店は、寺町四条下ルの近くに移転していたのだ!

新池善化粧品店

ということで、早速足を運んでみたところ、店はとっても綺麗になったが、お馴染みの店頭のSABRINAストッキングは未だ健在であった。流石に残念ながら、低音の男性の声の「いらっしゃいませ~、いらっしゃいませ~。。。」は流れていなかったが。実は、あれに釣られて何回か、仕事用のストッキングを購入した覚えがある。

何とか、周辺のドラッグストアや、化粧品売り場に負けず、新たな土地で頑張って欲しいと思う。

しかしながら、市内随一の地価にあたる様な商業地で、しかも老舗百貨店の顔で有る正面に、あんなに奇妙な形で共存している別所有者の建物は、おそらく全国的にみても、ここだけじゃないだろうか。(あったらごめんなさい)
そう思えば、もっと珍名所として有名になってもおかしくはないのになと思えてきた。

そもそも何故あのような土地関係になったのか、それも調べてある程度わかった。池善化粧品店の創業は、昭和5年。そのすぐあと、もともと烏丸高辻にあった高島屋が周囲の土地を買収し、あそこに店を構えたらしい。一番初めから、土地買収の話に乗らなかったということか。
それから91年、あのビルもこれから手直ししていくという。

昭和5年というと、祇園の南座、旧京都中央電話局で今の新風館とほぼ同時期に建てられた事になる、貴重な歴史的建造物である。

京都の新名所に相応しくなる様、どうかあの建物は外観当時そのままに綺麗に保存して頂いて、できればまた人々から長く愛されるような魅力的なお店が入って欲しいなと思っている。

そんな想いを胸に、今日もまた信号待ちをしながら、ぼんやりとあの奇妙な建物を眺めるのであった。
めでたし、めでたし。。。なのか??

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