これは、とある時代のとある国、とある都での物語。

「では皆さん、今こそ死者を極楽浄土に送り届けましょう。阿弥陀仏様のもとで、悠久の時を刻むことができますように」

そのお寺では今日、華やかに「お迎えの儀式」が執り行われていた。
この日が来るのはわかっていたけど、できればもっと一緒にいたかったけど、その日は来てしまった。でも私は泣いたりしない。悲しみの涙は流さない。これはあなたと私の新しい旅立ちを祝福する儀式だから。いいえ、私だけじゃない。あなたと関わったすべての人たちにとっても、新しい旅立ちの儀式、喜びの儀式なのだから。だから、悲しみに溢れた涙なんて流したくない。喜んであなたを送り出したい。そして、喜んであなたをお迎えしたいの。

手を合わせる女性のイラスト

黄金色の照明に照らされたこのお寺の中で、あなたは「御影」となって満面の笑みをたたえ、私たちの前にいる。すぐ前に白い棺が置かれているけど、そこにいるなんてまるでウソみたい。きっとあなたは「御影」と棺の中、両方にまだいるのね。

今もここで見てるのかな。あなたのために、ここにはたくさんの人が集まっているよ。あなたを送り出し、お迎えするために。たくさんの人が力を貸してくれているの。
今までお疲れ様、まずあなたを現世から解放してあげるね。今まで苦しかったり、悲しかったりしたことがたくさんあったと思う。けど、それでもあなたは諦めなかった。最後の最後まで絶対に諦めなかった。どんな時でも立ち上がって、この今を生き抜いてきた。大丈夫、阿弥陀様はそんなあなたを心から迎えてくれるよ。さあ、今こそ阿弥陀様にゆっくりと身を委ねるの。私たちが送り出してあげるから。

阿弥陀様、どうかこの人を悠久の極楽浄土へとお導き下さい。南無阿弥陀仏、すべてのわれらはあなたを信じ、この身をすべて委ねます。

お坊様が一言一言、一法界ずつ阿弥陀念仏を称えるたびに、そこに集まったすべてのみんなが同じ念仏を復唱していく。

「南無 地獄法界 阿弥陀仏」「南無 地獄法界 阿弥陀仏」・・・・・というふうに。

南無 餓鬼法界 阿弥陀仏。 南無 畜生法界 阿弥陀仏。
南無 阿修羅法界 阿弥陀仏。南無 人法界 阿弥陀仏。 南無 天法界  阿弥陀仏。
南無 声聞法界  阿弥陀仏。南無 縁覚法界 阿弥陀仏。 南無 菩薩法界 阿弥陀仏

「南無 仏法界 阿弥陀仏」「南無 仏法界 阿弥陀仏」

おがむ女性のイラスト

ねえ、あなたにも聞こえてる?あなたを送り出そうと、あなたを慕うみんなが念仏を称えてくれている声が。それが壮大な癒しの音楽になってお堂内に響く声が、聞こえてるかな?この念仏は、あなたを確実に極楽へと導いてくれる言葉よ。たとえ地獄に堕ちても大丈夫。そこで阿弥陀様がすでに待ち受けておられて、あなたに手を差し伸べ、大いなる慈悲で包み込んでくれるから。死後、どんな迷いの世界に生まれ変わっても阿弥陀様がそこで待ち受け、すぐさま確実に極楽へと導いてくれる。十界阿弥陀念仏には、そんな有難い功徳があるのよ。

私たちの称える念仏の祈りに応えて、阿弥陀様は極楽からあなたを迎えに来てくれる。阿弥陀様は罪深きすべての私たちを救おうと誓われた仏様。だから誰一人捨てることなく平等に、極楽に迎えてくれるのよ。さあ、いよいよその時が来たわ。

ああ、見てください。
今まさに西方浄土より菩薩衆を率いて阿弥陀様が来迎されます。

阿弥陀様と菩薩衆のイラスト

ああ、阿弥陀様、観音菩薩様、勢至菩薩様、やはり来てくださったのですね。ありがとうございます。どうかこの人に永久の救いをお与えください。
ああ、今まさに金色に輝く阿弥陀様が目の前にいらっしゃる。脇に観音菩薩様、勢至菩薩様と、その他二十五菩薩を引き連れて、西方極楽より来迎されている。お堂では歓喜の声とともに微妙な管弦楽が演奏され、壮大に阿弥陀様の来迎を荘厳する。お堂の中は今まさに、極楽浄土そのものとなっている。

ああ、なんてありがたいのでしょう。なんて荘厳な情景でしょう。
ああ、南無阿弥陀仏。

阿弥陀仏様は、迷えるすべての人を救うという誓いを持っていらっしゃる。故に多くの菩薩・百千の聖なる僧侶たちとともに、大光明を放ち、皓然として目前に在します。

その時、大いなる慈悲を持つ観世音菩薩様は、百福荘厳の手を差し伸べ、
宝蓮の台を捧げて死者の前に至りたまうのです。

苦しみの根源である煩悩を打ち砕く智慧を持つ大勢至菩薩様は、
無量の聖衆とともに、同時に賛嘆して手を授け、極楽に引接したまうのです。

さあ、あなたは今から生まれ変わるの。死者という存在から、仏さまという新たな生者となって阿弥陀様と極楽で悠久の時を過ごすのよ。
今、わたしはあなたを見つめている。棺に入ったあなたが観音様のお導きで、宝蓮の台に載せられて、極楽へと去っていく様子を、ずっと見つめている。

そして今、あなたの命は限りない弥陀の光の中に摂め取られ、極楽にて悠久の時を刻んでいく。死、それは決して恐るべきものでも、人生の終わりを意味するものでもない。
阿弥陀聖衆に迎え入れられ、極楽の世界へと旅立つ時なの。

だから今日は、あなたの新しい人生の旅立ちの日。
おめでとう、本当におめでとう。
あとは極楽でゆっくり命を、あなた自身の生きる力を阿弥陀様に委ねてね。

阿弥陀様と信徒の図

お迎えの儀式 後半 帰還共生の儀―共に生きよう、その先の明日を―に続く。

コメント(1)

コメント一覧

  • アバター K・スィーガー より:

    謹んで拝読。自己にとって絶対的他者である死者をどう弔うかは、個だけの問題ではないですね。それを全体へと還元するには、祈りの儀という習俗を不可避のものとするしかないでしょう。皆等しく死ぬ身ならば。

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