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はじめに
かねてより、北区岩倉在住の友人が口にしていたこと。
「深泥池の近くには野菜の自販機があちこちにあるよ。」
「この間通りかかったら大きないい大根が170円やった。思わず買って、写真にとって知り合いに見せたら、見た人もすぐに買いに走った。」
野菜の自販機といってもピンとこなかったコラム子は、その時はあまり詳しい話は聞きませんでした。
ところが、この6月の半ば、その友人が更にこんなことをいったのです。
「自販機で賀茂なすを見つけたわ。1個300円やった。」
賀茂なすと聞いて、コラム子は即座に反応しました。
―――それもそのはず、コラム子は賀茂なすに目がないからです。
ご存じの方も多いと思いますが、賀茂なすは進物に重宝される夏の京野菜の王様です。
味も見た目も絶品。
しかし、その分街中ではお高い。
「自販機、自販機っていったいどこの?」
「どこって・・・・。深泥池の周辺にたくさんあるやん。今の季節やったら、たいていの自販機に置いているんと違う?」
これがきっかけで、コラム子は本気になって野菜の自販機のことを調べようと思い立ったのです。
中京に住んでいるため、上賀茂にあまり土地勘がないのは事実ですが、それでも所用で月に1,2度北区まで足を運ぶことがあります。
すると、またその友人がいいました。
「あんたがしょっちゅう車で通っている『おいでやす』さんのすぐ横にもあるよ、自販機。私は、その自販機は詳しくは知らんけど、よかったら車から降りてとっくり見てみたら?」
コラム子はこれを聞いて、はたと手を打ちたい心境でした。
「おいでやす 森田農園」は以前たびたび買い物をした思い出のあるお店だったからです。
息子さんが耕してお母さんが売る、
昔ながらの上賀茂特産 「おいでやす 森田農園」
「おいでやす」の店舗外観
初めて利用したのは、今から20年ほど前。
ある冬の初め、母と一緒に用事があって上賀茂を訪れたとき、店の前に見事なすぐきが並んでいるのを見つけて購入しました。有名な漬物店店の半額以下という値段にひかれたこともあっての購入でしたが、食べてみると程よい酸味、独特の歯ごたえがあって非常に美味。それが気に入って以来、リピーターになったのです。聞けば、店の裏の畑で息子さんが賀茂の京野菜を栽培していて、とれたての野菜を店でお母さんが販売しているとのこと。春夏秋冬、それぞれの旬の京野菜がずらりと並ぶお店だったのです。
野菜だけではなく、先に挙げたすぐきをはじめ、白菜のぬか漬けや自家栽培のしそで漬けた梅干しなどもふんだんに並ぶお店でもありました。
時には、純度の高いはちみつが売られていることもあり、我が家は何かと愛用していたものです。
「おいでやす 森田農園」と自販機
このように正真正銘の直販店だった「おいでやす 森田農園」ですが、ずっと店番をしていたお母さんは10年位前に体調を崩して、お店に出ることがなくなってしまいました。それと共に、いつお店の前を通りかかっても、表はぴっちり閉じられたままでした。
当時、我が家の家族はお店のしまったことを非常に残念に思いましたが、周りに人の気配はなくそのまま年月が過ぎていきました。
さて、そのお店の横に自販機が設置されていると、友人がいうのです。
これは、ぜひ一度きちんと確かめねばとコラム子は思いました。
そして、7月初めに上賀茂へ行ったついでに「おいでやす 森田農園」へ立ち寄ったのです。
車を降りてあたりを見回すと、ありました!
これが、うわさに聞いていた京野菜の自販機です。
野菜の自販機
自販機の上には、「All 100 Yen」の文字が!
自販機の中の様子を探ってみると、太いキュウリ(3本1組)、大きなトマト、つやつやしたなす(3本1組)などが収められています。
きゅうりの入った自販機の扉
自販機の前で写真を撮っていると、どこからか男の人が現れました。
「何が欲しいの?」と声をかけられたので、「自販機にはないけれど、賀茂なすが欲しいんです。」と答えると、「こっちにあるから好きなん選んで。」と手招きしてくださいました。
案内された貯蔵所の中には、賀茂なすが山と積まれているではありませんか。
「この暑さでほっといたら廃棄するしかないし、1個100円でええわ。好きなん持って帰って。」
廃棄するしかない。―――確かに色つやは多少劣りますが、味にそん色はないはず。
これはお値打ち品や!
コラム子が大喜びで買ったのはいうまでもありません。
お金を支払った時に「お店のおばあさんはお元気ですか?」と尋ねると、「4年前に亡くなりました。」といわれました。
森田さんに聞く賀茂の京野菜のこと
それからほどなくして、東京在住の友人から賀茂なすや万願寺とうがらしなどを送ってほしいと頼まれたこともあり、コラム子は再度「おいでやす 森田農園」を尋ねました。
案内してくださったのは、前回お目にかかった方よりも若い人でした。
昔の店舗の中に案内されると、正規品の立派な賀茂なす、みずみずしい万願寺とうがらし、堂々としたなす、つやつやしたトマト、太いキュウリなどのとれたて野菜が箱に詰められて置いてありました。
賀茂なす
普通のなす
トマト
万願寺とうがらし
キュウリ
これらの野菜を前にして、「おいでやす 森田農園」の森田晃司さんにいろいろお話を伺います。
森田さん
(コラム子が前回自販機の前で会ったのはお父さんでした。)
「私が、野菜の自販機のことを知ったのは最近なんですが、これはいつごろから始まったんですか?」
「実は、コロナが流行り出してからなんです。それまで行っていた伝統的な振り売りが対面販売で危険だ、ということから政府によって禁止されてしまって。振り売りの代わりに行政の指示で、自販機が設置されることになりました。」
「そうすると、上賀茂の農家の方はもう昔ながらの振り売りはされておられないのですか?」
「いや、やってます。うちは、東山区へ売りに行ってます。」
「森田さんが?」
「いや、私ではなくて母が。トラックを運転して東山区に。もともと、亡くなったおばあちゃんがリヤカーを押して振り売りに行ってたんですけど。だんだん足が弱ってきて重労働になってね、それで売り歩くのをやめて直販所を始めたんですよ。当時、直販所というのは珍しかったと思います。そのおばあちゃんはなくなって、今は私の母がトラックで振り売りしているんです。」
振り売りとは上賀茂でとれる京野菜を売り歩く行商のことです。
この商いの方法は、遠く平安時代までその起源をさかのぼることができ、昭和50年代頃までいでたちは紺木綿の小袖に三幅前掛けという伝統的な装束で有名でした。
以前はリヤカーを押して売り歩く姿が一般的でしたが、近年はトラックを運転する方法に移り変わっています。
昔の振り売り
現在のトラックを使った振り売り
「自販機で売られているお野菜の値段は、各農家の方々でそれぞれ自由に決めておられるんですか?」
「そうです。私のところは、自販機に入れる野菜はどちらかというと訳ありの品物でして・・・。味に変わりはないけど、色が少しとか、キュウリなんかちょっとまがっているとか。せやから、みんな100円にしてます。農家によっては、普通のものを300円にして売ってはったり。いろいろです。」
「現在の上賀茂のお野菜は、主にどこで売られているんでしょうか?」
「振り売り、自販機、それから高島屋の八百一が主な販売先ですね。」
「自販機ではどんな方が買っていかれるか分かりますか?」
「それは全然つかめてません。」
「上賀茂で農家をされている方は減少しておられるとか?」
「そうです。年々少なくなっています。親の世代が亡くなると、莫大な相続税がかかってくるものですから。人によっては、上賀茂で農業をするのはやめて、大原や静原に土地を借りて作物を作ったりする人もいますけど。でも、大原なんかは風が強くて賀茂の野菜には適していないですね。しその栽培には向いていますけど。しそは大原やからあんないい色が出るんです。」
「上賀茂の野菜が特別においしいのは鴨川の水量が豊富だからということを聞いたことがあります。上質な鴨川の水の恵みで、いい賀茂なすが育つのですか?」
「そのとおりです。上賀茂神社が鴨川の水を引いていて、上賀茂神社と関わりのある社家町に明神川が流れています。その明神川の水で上賀茂の野菜は育つんです。水がいいから賀茂の野菜は美味しい。」
賀茂なすのハウスで作業する森田さん
社家町を流れる明神川
社家町とは、古来より上賀茂神社の神事をつかさどってきた由緒正しい賀茂一族が暮らしている地域のことを指します。
上賀茂の社家町は、上賀茂神社の境内から流れ出る清らかな明神川のせせらぎに沿って、土塀で囲まれた旧家や茅葺の屋根などが整然と並ぶ独特の景観で有名です。
「やはり、この猛暑は野菜の収穫に響きますよね?」
「影響は深刻ですね。夏野菜といっても28℃を超えると大変です。色や形に難が出てくる。賀茂なすもトマトも、暑さで皮が固くなってしまいます。」
「上賀茂の夏野菜は7月いっぱい、と聞いたことがありますが。」
「そのとおりです。上賀茂では、9月に入ったら冬の特産品のすぐき栽培の準備を始めますから。本当をいえば、なすは11月ころまで育つんですけど。でもこちらでは7月いっぱいで夏野菜は収穫してしまいます。」
「夏は、賀茂なすや、トマト、キュウリ、万願寺トウガラシなどが有名ですけれど、冬はすぐきの他に何を作っていらっしゃいますか?」
「こかぶ、大根、白菜、ホウレンソウ、小松菜といったところです。おばあちゃんが生きていたころは、白菜のぬか漬をつけていましたから、白菜をたくさん作ったんですが。今は白菜は減りました。こかぶの評判がいいので、こかぶに力を入れてます。」
「最後にもう1つお伺いします。野菜を作っておられる立場から、賀茂なすと万願寺とうがらしの特別おすすめの食べ方がありましたら、教えてくださいませんか?」
「賀茂なすは何といっても田楽ですね。万願寺とうがらしは焼いて生姜醬油をつけて食べるか、賀茂なすと一緒に煮びたしにすることですかね。」
「どうもありがとうございました。」
むすび
以上、「おいでやす 森田農園」の森田さんに伺ったお話を紹介してきましたが、「賀茂の京野菜の味は格別だ。」とよくニュースなどで耳にするものの、実際に街中で売られているのを目にする機会は少ないのではないでしょうか。
また、あったとしても賀茂の野菜を仕入れている八百屋の値段は総じてお高いのも事実。
ところが、上賀茂へ足を運んでみれば、あちこちに自販機があります。
農家の方々の意図で値段設定はまちまちですが、いずれも新鮮さと味は間違いがありません。
また、今回のように農家の方と直接接することがあれば、単に自販機で品物を選ぶよりももっと豊富な野菜を手に取ってみることもできます。
機会があればぜひ一度上賀茂へ足を延ばして見られたらいかがでしょうか。
なお、長い間へ移転してしまったと思っていた「おいでやす 森田農園」さんのお店ですが、詳しくお話を伺ったところ、不定期ではあるものの現在も営業されていることがわかりました。
ただ、以前のように毎日お店が開いているわけではないので、訪ねていく場合は事前に電話で確認してくださいとのことです。
「おいでやす」の店舗の外観
現在お店で扱っている商品は、春夏秋冬の旬の京野菜をはじめ、冬にはすぐきや茎大根の漬物などとのことです。
また、年によっては自家製の梅干しも販売されているそうです。
「おいでやす 森田農園」
所在地:京都府京都市北区上賀茂池端町 39-1
Tel:075-712-4889
交通アクセス:
京都市バス ④系統 「深泥池バス停」下車、目の前
或いは 京都市地下鉄 「北山駅」下車、 ②番出口から徒歩10分
この記事を書いた人

つばくろ(Tsubakuro)
京都生まれ、京都育ち、生粋の京都人です。
若い頃は京都よりも賑やかな東京や大阪に憧れを抱いていましたが、年を重ねるに従って少しづつ京都の良さが分かってきました。
このサイトでは、一見さんでは見落してしまう京都の食を巡る穴場スポットを紹介します。