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前編:新たなる旅立ち
「さあレン、じっとしていてね」
私、お邑は今、鴻臚館の中でレンの髪の毛を櫛でといてあげています。この櫛は、亡くなった母が私に残してくれた唯一の形見の品。母が亡くなって以来、私はどんな時でもこの櫛を肌身離さず持っていました。雨の日も、風の日も、辛い時も、挫けそうになった時も。やさしかった母がいつも近くで見守っている、そんな気がいたしましたから。そして今、どんな時でも大切なお守りとなってくれているその櫛を使って、私は妹のように可愛がっているレンを綺麗にしてあげているところなのです。レンもまた、私にとってとても大切な存在、私を守ってくれている存在なのですから。
「さあ、これでいいわ。次は髪を結ってあげる」
もちろん私がいま生きているのは、レン一人のおかげではありません。私のボロボロに傷ついた心を抱きしめてくれて、さらに東市での乞食行で得た食べ物を私に食べさせてくださった空也様。そしてその善友の蓮性様、さらには市で空也様や蓮性様にお布施をして下さった方々のお支えもあって、今の私は生きることができているのです。ある時、空也様は私を鴻臚館で介抱することがありましたが、その時に涙を流しながらこう言っておられました。
それは空也様の師である阿弥陀仏様と、そのお弟子さんたちが教えて下さったことだそうです。死の淵を彷徨い、そこから生還することができた今、私もその教えが真実であったことを心の底から実感しています。
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「できた。レン、見てごらん」
レンの髪を櫛でとき、その髪を結い終わった私は、レンに手鏡を渡してあげました。
「どう?」
鏡に映ったレンは、とても綺麗な姿になっています。以前は垢で黒々としていた肌は白く輝き、頬に少し赤みがさしていました。ボサボサだった髪の毛は、櫛でよく整われて、紐で後ろ髪を結われて綺麗にまとまっています。
「わあ、きれい」
レンは、生まれ変わった自分の姿を見て、本当に嬉しそうな表情をしています。
「おねえちゃん、ありがとう」
レンは私の方を振り返り、満面の笑みで私にお礼を言ってくれました。それを見て、私も嬉しくなります。そこにはもう、〈穢れ童子〉と呼ばれていた頃のレンの姿はありません。阿弥陀仏様そのものとなって私を、そしてすべての人を支えてくれる〈阿弥陀童子〉として生まれ変わったレンが、そこにいたのです。
「どういたしまして」
私もまた嬉しくなって、生まれ変わったレンに心からの笑顔を贈りました。
「さあレン、行きましょう。新しい旅の始まりよ」
「うん!」
レンもまた、元気よく私に応えてくれました。その顔いっぱいに笑顔の華を咲かせて。
「後編:行こう、その先の明日へ」へとつづく。
この記事を書いた人
じゅうべい(Jubei)
みなさんこんにちは。今日も元気がとまらない地球人、じゅうべいです。好きなことは遊ぶこと(漫画に映画、音楽(Jロック等)にカフェ巡り)です。
よろしくお願いします。