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後編:そんなあなたに感謝を込めて

私はあらためて知らされた。この世を、この都を覆いつくしている煩悩の恐ろしさを。その煩悩に囚われ、誤った認識で弱き者を迫害してしまう人間の恐ろしさを。人の心の弱さがどれほど恐ろしい感情を生み出すのかを、あらためて知ったのだった。

嘲笑する人々

この世は悲しい・・・・・あまりにも悲しすぎる。・・・・・なぜ、どうして・・・・・。

だが、目の前にいるこの権三はそんな私の気持ちに気づくことはない。
「まあそんなわけでよ、そのガキは今回が初犯だった可能性が高いわけさ。でもお前さんのおかげか、ガキは俺に干魚を返してくれた、形のうえではな。で、俺がお前さんに干魚を譲った。これは、まあいわゆるお前さんへのお布施ってやつだな。ってことはだ」

権三は私の傍らで震えている童女を見て、こう言った。
「結果的にそこのガキのやったことは、帳消しってことになる、わな・・・一応」
「権三どの、それでは」
「ああ、お前さんに免じて、今回だけは許してやるよ」
「本当か」
「ああ、だが忘れるな。今回だけ、だぞ」
「ああ、ありがとう。権三どの、本当にありがとう」
私は権三に向かって手を合わせ、心を込めて口に任せてこう称えた。

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」

空也の画像

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「けっ、よせやい。俺はまだ死んでねえぜ」
「いや、言わせてくれ権三どの」
私は権三の目を見て言った。
「私はそなたのおかげでこの干魚を得ることができた。しかしそれのみならず、そなたは今、この都で苦しみ喘いでいる童女をも助けてくれたのだ」

これほど〈有難い〉ことがあろうか。これほどうれしいことがあろうか。

権三から頂いた干魚を鉢の中に入れると、私はもう一度権三に向かって称えた。

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」

「・・・お前さんよ」
権三が訝しげな目つきでこちらを見てきた。
「前から気になってはいたんだが、どうしてそうやっていつも南無阿弥陀仏と称えているんだ。その言葉は死人に向けたもんだろうが
「いや、それは違う」
私はいつもその言葉を待っていた。
「念仏は死んだ人の霊を弔うためだけにあるのではない。南無阿弥陀仏の念仏は、そなたが私を生かしてくれていることへの感謝の言葉でもあるのだ」

「第3楽章 念仏聖 空也の布施行―菩薩としてただひたすらに―」へ続く

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