「いや、はなして」
「うるさい、おとなしくしろ!」

ああ・・・・・。

私はその光景に思わず息をのんで小さな悲鳴を上げてしまった。
その姿は、人間と呼ぶにはあまりにも悲惨すぎるものだった。童子の顏と腕は黒い垢に覆われ、ボサボサになった髪の毛を肩まで垂らし、小さくか弱い身体はボロ切れのような着物でかろうじて覆われている。そこにいるのはもはや人間ではない。常に飢えと渇きに苦しんでいる餓鬼そのものだ。
餓鬼

その童子が、東市で干魚の商いをしている鄽(いちくら=店)の主、権三に小さい片腕を掴まれて暴れている。もう片方の幼く小さい手の中に、盗み取ったのであろう干魚を握りしめて。

おそらくあの子は、親を亡くした孤児の一人だろうか。

悲しいことだが、荒んだ今の都では、あのような子はもはや珍しくはないのだ。親が子どもを産んだとしても、貧困のために育てられずに、やむなく子どもを遺棄してしまい、その子は寄る辺なき孤児となってしまう。あるいは、病に罹ってしまった親が、死の穢れへの恐れから、子どもとともに共同体を追い出され、親がそのまま路上で息絶え残された子が孤児となる。一人残された孤児たちは、生きるために物乞いをするか盗みをはたらくか、あるいは都を徘徊する野良犬に食われてしまう運命を辿るしかない。大人でも苦しいこの世の中で、まして子ども一人で孤独に生きることがどんなに辛く苦しいことか。

親を失った子供たち。彼らは今日も無常の都をあてなく彷徨い、孤独という名の痛みの中で、それでも今を生きている。愛する者と離別して、孤独という名の痛みの中、都の路上を彷徨っている。一人孤独に、あるいはだれかと寄り添いながら、止まない雨に身体を濡らし、路上の隅で寂しさに震え暗闇の中で泣いている。

暗闇の中の土砂降りの雨

こんな時代の真ん中で、あまりに悲しすぎる今を、それでも生き続けているのだ。

あの子はいったいどこから来たのだろう。これまでどれだけの飢えと渇きに、胸を刺す痛みに苦しみ続けてきたことだろう。市に集まる人々よ、あなたたちにも見えているはずだ。ただ一人この都を彷徨い、孤独の中でボロボロなり、今にも死んでしまいそうなあの子の姿が。そんな子を相手に、あなたたちは死穢童子と呼んで平気で蔑んでいる。この中の一人でも、あの子の身の上を想像したことのある人はいるか。あの子がおそらくたった一人で、どれだけ寂しい思いをして暮らしているのか、想像したことのある人はいるか。おそらく誰もいないだろう。

・・・・だからこそ・・・・・。

だからこそあの子を助けたい。あの子の悲しみと痛みを、少しでも多くこの身に受け止めたい。私が本当に助けたいのは、こういったか弱い命なのだ。

その時、私にはもう迷いなどなかった。ゆっくりと、権三に腕を掴まれている死穢童子の方へと歩みを進めていく。

「このガキ、いいかげんに」
権三が童子に向かって拳を振り上げた瞬間、私はその拳を制止していた。
「権三どの、お待ちを」
権三がギラリとこちらを睨んできた。
「なんだ念仏坊主、邪魔する気か」
「すまぬな権三どの、私に免じて今日のところは許してくれぬか」
「へっ、なにを言ってやがる。盗人を許せるもんか」
私は童子へと目を移し、目の高さまでしゃがんでその頭を撫でた(よく見るとその童子はまだ幼い女の子だ。年はだいたい八つくらいになろうか)。
「おなかがすいているのなら、ほら、少しだが、私も食べ物を持っている。これをお食べ。」

私は手に持っている鉢に入った食べ物を差し出した。菓子(樹木系の果物)に索餅(干うどんの類)などなど。これらは私が市で念仏を称えていた時、有難いことに関心を持ってくれたごくわずかな人々がお布施してくれたものだ。量はそう多くはないが、この子には十分だろう。

童女は心配そうな目つきで私と鉢に入った食べ物を交互に見ている。
「だいじょうぶだから、ほら」
私はその中にある菓子(くだもの)を手に取り、食べて見せた。
「ね」
と、笑顔で鉢に入った食べ物を童女にさし出した。童女はおそるおそる鉢に入った食べ物に手を伸ばし、それを口に運んだ。すると次の瞬間、目を輝かせたかと思うと、一つ、また一つと食べ物を手に取り、貪るように食べ始めたのだった。
「おいしい?」
童女は何も言わなかった。何も言わず、ただひたすらに私が与える食べ物を食べ続けていた。ただただ黙って、ただひたすらに。

やはり、かわいいものだな。

私はゆっくりと、温かい笑顔を浮かべながら、その様子を見守っていた。ひどい身なりをしていたが、正直、その姿は本当にかわいらしくて、私になんとも言えない愛しい気持ちを芽生えさせてくれていたのだ。彼女は涙ぐみながら、その表情に笑顔の華をいっぱいに咲かせて、嬉しそうに食べている。食べ物を次々と手に取っては口に運び、口いっぱいにほおばりながら、その目に涙をたくさんためて、黙々と、しかしとても嬉しそうに、笑顔の華を顏いっぱいに咲き誇らせて食べ続けている。そんなかわいらしい彼女の姿を、私はやさしく、温かく見守っていた。

よかった、ゆっくりお食べよ。

私は泣きながら菓子や索餅(むぎなわ)を頬張る彼女の姿を見ながら、もう一度その頭をやさしく撫でててやる。

「よしよし、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

死穢童子。そう言われて、この子はずっと蔑まれて生きてきた。人びとから望みもしない名前を一方的につけられて、一方的に迫害されて生きてきた。それがこの子にとってどんなに辛いことなのか、どんなに悲しいことなのか想像することもせずに。死の穢れがある、そんな煩悩に惑わされた人々によってこの子はずっと闇の中を生きてきたのだ。

辛かったろう、寂しかったろう。
今までよくがんばったね。よくこらえたね。えらいえらい。

私は涙で顔を濡らす彼女の頭を、やさしく撫で続けるのだった。

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」

気がつくと、私は口に称えていた。今を照らし、明日への道を照らしてくれる慈悲なる弥陀の子守り唄を、口に任せてただひたすらに称えていた。

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」
夜が君を弱くしようとしても、
「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」
心配ないさ、私は君の味方だから。

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」
光はずっとそこにある。
「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」
強く、やさしく、温かく、
「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」
光は君を包んでくれる。

阿弥陀仏の画像

「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」

だからいっしょに歩いていこう。

「第3遊行 空也の慈悲なる子守り唄―だからいっしょに歩いていこう―」(完)。

コメント(0)

コメントする



※コメントは承認制です。ただちにはページに反映されません。

ツイッター

京都三条会商店街北 薬膳&カフェ 雅(みやび) サイト制作・運営 一般社団法人シシン

コンテンツ

京都の観光地特集京都のラーメン特集