意外とこじんまりしたお寺だな。

六波羅蜜寺の外観

(筆者撮影)

僕は今日、そのお寺、六波羅蜜寺を訪れてそう思った。京都市東山区にあるお寺で、応和年中(963~64)に空也上人が草創したお寺として有名なところだ。もとは西光寺(西方極楽往生を願う寺)と名づけられていたが、後に六波羅蜜寺と改称されて天台宗の別院となったのだという。
六波羅蜜とは、安楽の境地に到るために菩薩(この世で救済に励む私たち)が行うべき六つの行のことをいう。簡単に言うとこうだ。

①布施:物質的な恵みと、不安を取り除くなどの精神的な恵みを与えること。
②持戒:生物を殺さない、盗みをしない、淫らな行為をしない等の戒めを守ること。
③忍辱:迫害や困難に遭っても耐え忍ぶこと。
④精進:今の全てを力に変えて、ひたむきに己の為、誰かの為につとめ励むこと。
⑤禅定:ただひたすらに、一つのことに集中して取り組むこと。
⑥智慧:全てのものは、元々は固定な的実体を持たないものであると見て、執着を絶つこと。

これを常に同時進行で行っていく。それを繰り返すことで、やがて安楽の境地へと導かれ、苦しみから解放された人、仏陀になることができるという。できなかったことができるようになったり、これまで見えていなかったことが見えるようになったりする。だから何か事が起こっても安楽かつ冷静でいられるようになるわけだ。

六波羅蜜寺を草創した空也上人は、差別も区別もすべてを捨てて、ただひたすらに、他者のために尽くしてゆく心を持っていた。そしてその心で、10世紀の京都を舞台に災害や疫病、貧困に苦しむ人々のために様々な救済活動を展開していたのである。最も有名なのが空也上人のこの言葉だ。

ひとたびも 南無阿弥陀仏といふ人の はちすの上にのぼらぬはなし。

一度でも、南無阿弥陀仏と称えれば、極楽浄土の蓮の上にのぼらない人はいない。

空也の画像
こう言ってすべての人に「人は誰でも死後、極楽世界に生まれ変わることができる」と説いたのが空也上人だった。ではなぜ口に念仏を称えると救われるのか。念仏を称えることに何の意味があるのか。学校で習って以来、ここはずっと疑問に思っていたが、調べてみるとどうやらこういうことではないか、ということが分かった。阿弥陀仏様はこんな教えを私たちに示している。この教えに身を任せて生きるのだ、その誓いの言葉が「南無阿弥陀仏」の言葉なのだ、と。

阿弥陀仏の画像

この世に存在するあらゆるものは、もともと固定的な実体というものを持ってはいないのです。なぜならそれらは、様々な原因と条件が重なりに重なり合い、実に多様な関係性の中で成り立っているものなのですから。

すべての私たちは皆平等に、階層の上下、さらには生死の別をも超えて、多様な関係性の中で生かされている身なのです。そのいのちの縁の中で、この世で救済に励む者、すなわち菩薩として善い行いを積み重ねてゆきなさい。見返りや下心、差別も区別もすべてを捨てて、ただひたすらに、己を忘れ他者のために尽くしてゆくのです。

そうすれば、私はあなたを必ずや、安楽の極楽浄土へ導くでしょう。

すべての私たちは皆平等に、多様な関係性の中で生かされている身である。そのことを自覚し、差別も区別もすべてを捨てて、ただひたすらに、他者のために尽くしてゆく。

この教えに身を委ねることが「南無阿弥陀仏」と称えることではないかと僕は考えている。そしてその結果、苦しみの原因である煩悩・執着・自己執着が消え失せて、まず現世で安穏に暮らすことができる。そして死んだ後には二度と迷いの世界に生まれ変わることなくなり、阿弥陀仏様がいらっしゃる極楽浄土に生まれ変わることができるというわけだ。

空也上人はこの念仏の教えを広め、京の都で様々な苦しみに支配された人々を救っていった。そして六波羅蜜寺は今もなお、その空也上人の息吹を伝えている。僕は六波羅蜜寺の宝物館に展示されている、かの有名な空也上人像(鎌倉時代作)を前に、そんな思いを巡らすのだった。そして自ら手を合わせ、口に任せてこう称える。「南無阿弥陀仏、阿弥陀仏」と。

六波羅蜜寺

  • 京都市東山区五条通大和大路上ル東
  • 電話 (075)561-6980 (代)
  • 交通アクセス
    ◆京都市バス
    京都駅 206 系統、清水道下車、徒歩7分
    ◆京阪電車
    清水五条駅下車、徒歩7分
    ◆阪急電車
    河原町駅下車、徒歩15分
    ※ 駐車場はご用意しておりませんので、もよりの交通機関を御利用下さい。
  • 拝観時間(通常)
    開門:8:00
    閉門:17:00
  • 宝物館の拝観時間
    開館;8:30
    閉館:17:00(受付終了16:30)
    拝観料:大人600円。大学生・高校生・中学生は500円。小学生は400円。
    ※障害者手帳を持っていれば半額で拝観できます。

参考文献

坂本幸男・岩本裕 訳註『法華経』(中)(1964年、岩波書店)P377註205「六波羅蜜」。
金岡秀友『新 仏教概論―六道と六波羅密―』(1979年、春秋社)。
東舘紹見「天暦造像と応和の大般若経供養会―社会・国家の変化と、交流・呼応の場としての講会の創始―」(伊藤唯真 編『浄土の聖者 空也―日本の名僧⑤』2005年、吉川弘文館)。
石井義長『阿弥陀聖空也 : 念仏を始めた平安僧』(2003年、講談社)。
石井義長『空也―我が国の念仏の祖師と申すべし―』(ミネルヴァ書房、2009年)。

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