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前編:どんなに闇が深くても、それだけはずっと信じていたい。

羅城門の下で病に苦しんでいた女とその妹のレン。そして大きな白い犬の小太郎。彼女たちは私、空也と善友の蓮性に連れられて、共に鴻臚館で過ごす日々を送ることとなった。

二町分(縦二四〇m、横一二〇m)の敷地を持つ鴻臚館は、私たち四人と一匹が安息を得るには十分すぎる広さだ。ここならば、彼女たちも比較的安全に過ごすことができるだろう。

「しかし、あなたがたはなぜ羅城門に。あそこに住んでいたのですか?」

晴天の羅城門

羅城門で病に苦しんでいた女。彼女は名前をお邑(おゆう)といった。

「ええ。でも私たちは、もとよりあの羅城門を住処としていたわけではありません」

床に敷かれた筵に身を横たえて養生していたお邑。そんな彼女がある日、半身を起こして私とお話をしていた時のことだ。

「私は、もとは京の都に居を構える貧しい貴族の一人娘だったのです」

彼女はゆっくりと、私にそう話してくれたのだった。

私の家は、その貧しさゆえに家は決して裕福ではありませんでした。父や母は、私にもっといい暮らしをさせてやりたい、いい婿をとって幸せになってもらいたい、と常々願っては嘆いていたのを今でも思い出します。しかし当の私は、そのようなことは少しも気になりませんでした。

私には、そんなことは本当にどうでもよかったのです。

貧しくてもいい。暮らしてゆける家があればそれでいい。心やさしいお父さまとお母さまがそばにいてくれれば、私はそれで十分。他にはもう、何もいらなかったのですから。

小さい。けれど確かに、幸せはいつもそこにある。貧しいからこそ、何気ない日常がいつもささやかな幸せとなって、穏やかで、やさしい温もりを私たち家族にもたらしてくれていたのです。

夕日が映える野原のイメージ

それは本当に穏やかで、やさしくて、幸せな日々だった。
本当に、本当に、楽しかった。

でも・・・・・でも。

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そう言うと、お邑は急に胸を押さえてかがみ込んだ。何かを、何かを必至にこらえている。そして耳を澄ませると、かすかに聞こえてきたのだった。むせび泣き、小さくしゃくりあげている、その声が。

そして・・・・・。

背中が、彼女の背中が弱弱しく小刻みに震えている。その背中からは、伝わってくる。痛いほど、苦しいほど、私の胸に伝わってくるのだ。彼女の抱えているであろう、あまりにも重い痛みと悲しみが、その背中から、痛いほどに。

痛みが、失くしたものの痛みが、悲しみが、彼女の胸を今、突き刺しているのだろうか。

だとしたら・・・・・これほどつらいことは・・・・・ない。
それは、私にも、よく、わかるのだ。同じだから。私も、同じだから。

痛みは消えない。悲しみも、決して消えることはない。

でも・・・・・・でも。

私は彼女のその背中を、やさしく、ゆっくりとさすってやる。彼女の抱える痛みが、悲しみが、少しでも和らぐことを願いながら、ゆっくりと、やさしく、何度も何度もさすってやるのだった。

だいじょうぶ・・・・きっとだいじょうぶだから。きっと、きっと。

何が大丈夫かはわからない。ひょっとしたら、何も大丈夫ではないのかもしれない。でも、どんな時でも、どんなに今がつらくても、どんなに闇が深くても、大丈夫だと思っていたい。大丈夫だと、信じていたい。

それだけはずっと、信じていたい。

そんな思いを抱きながら、私はお邑の背中をさすってあげるのだった。
やさしく、ゆっくりと、穏やかに。

やがて落ち着きを取り戻したお邑は、身体を起こし、また少しずつ話を始めてくれたのだった。

「中編:DAWN OF DREAMS―夢の夜明け―」へとつづく。

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