広告
adsense4
はじめに
新年明けに知り合いと、年始のあいさつを交わした時のこと。
話題は一番無難な天気の話になりました。
「今年は暖冬やねぇ。春が早よ来るんやない?」
「そやねぇ。ひょっとしたら、そこらでもうサクラが咲いてたりして・・・」
「まさかぁ。なんぼなんでも今日はまだ七草の日やで。」
「確かに、まだ小正月にもなってへんもんね。」
と、暖冬とサクラの話をしながら笑っていたのです。
その日の午後、コラム子はたまたま堀川丸太町の方へ出かける用事がありました。
東堀川通を歩きながら、見るともなく川沿いの並木に目をやると・・・
京都人なら知らない人はいないでしょうが、堀川通は上(京都では北のこと)は今出川から下(同じく南のこと)は御池までえんえんと桜並木が続いています。
一番一般的なソメイヨシノはもとより、遅咲きの八重桜、枝垂桜、山桜、早咲きの河津桜など全部で10数種類、比較的たくさんの品種が植えられていて隠れた桜の名所になっています。
さて、その日いつまでも続く桜並木を見ながら歩いていた時、コラム子は突然、その中の1本に目が釘付けになったのです。
それが、これ。

シキザクラの花
「サ、サクラや?咲いてる?」
我が目を疑いましたが、確かにサクラです。
「あんまり暖こうて狂い咲きしたんやろか・・・」
不思議で仕方がないので、翌日もう1度出直してとっくり調べてみようと思い立ちました。
サクラの正体はシキザクラ
翌1月8日。
コラム子は改めて堀川丸太町に赴きました。
東堀川通に沿ってあたりをウロウロすると、ああ、確かに咲いています!

枝に咲くシキザクラ
しかも、咲いているのは1本だけではありません。
上(北のこと)は下立売から、下(南のこと)は竹屋町まで、ほぼ300メートルに渡って、花を咲かせていた木の数は全部で5本ありました。
しかし、サクラとはいえあまり見栄えのパッとしないサクラです。
木の高さは約5メートル足らず。

シキザクラの全長

枝に花をつけているシキザクラ
そこそこ花をつけてはいても、とても満開とは言い難い咲き方をしています。
花弁は小さく、色は灰色がかかった薄い白色。
どちらかといえば地味で、貧相なサクラではあります。

シキザクラの花のクローズアップ
―――見たことのない品種やなぁ。何ていうサクラやろか?
名前をを確かめるため木に近づくと、幹には名札が張りつけてあって「シキザクラ」と書かれていました。

幹に張りつけてあるシキザクラの名札
―――これは早咲きで知られる河津桜と同じグループのサクラなんやろか?
かねてよりサクラに興味のあったコラム子は、昨年97歳で逝去された著名な桜守り・第16代目佐野藤右衛門さんの著書を何冊か読んでいたこともあり、今回初めて知ったシキザクラとやらにたいそう心を惹かれました。

桜守り・佐野藤右衛門さん

「桜のいのち 庭のこころ」

「櫻よ」

「木と語る」
冬に咲いてるシキザクラを見かけたのも、サクラのことをもう少し詳しく知る1つのきっかけやわ。―――そう考えて、コラム子は、府立植物園のサクラ担当の学芸員さんにいろいろ教わりました。
府立植物園の学芸員さんに聞く―サクラの話し―
―――最近、東堀川通沿いでシキザクラというサクラが咲いているのを見かけたんですが、あれはどういう種類のサクラですか?
「シキザクラですか。シキザクラていうのは春と秋に2回花をつけるのが特徴のサクラですわ。2季咲きする冬桜のグループのサクラです。冬桜ていうのは他にもあって、ジュウガツザクラとかコバザクラ、それからコブクザクラなんかが有名ですわ。」
―――ということは、早咲きのサクラが暖冬で狂い咲きしたわけやないんですか?
「そうです。別に早咲きの品種の狂い咲きやあらしません。シキザクラは春に1度咲いて、それから紅葉の時期にもういっぺん咲くんです。そのあと、暖冬やと秋の名残であちこちで咲き続けたりしますね。」
―――サクラていうのは毎年新しい品種が生まれている、とか桜守りの佐野藤右衛門さんは書いていはるけど、シキザクラも最近交雑された品種なんですか?
「いや、シキザクラ自体は江戸時代からありますよ。ただ、長いことサクラていうたら春に咲くというイメージが強かったでしょ?そやから、2季咲きのサクラはあんまり植えられへんかったんです。最近でこそ、早咲きとか遅咲きとかがあることも徐々に知られてきましたけど。―――サクラは春だけやないことも少しずつ分かってもらるようになったんで、シキザクラなんかの冬桜のグループも、ここ最近植えられるようになってきたんですよ。」
―――シキザクラて、私とっくり眺めましたけど、あんまり見栄えがしませんね。咲いてても、なんかこうひっそりと人目を忍んで咲いているというか・・・・・」
「そうですねぇ。特に秋とか冬の花弁は小さいんです。春はもうちょっと花弁が大きいんですけど。」
―――私が東堀川で見たあのシキザクラね、あそこのソメイヨシノやら八重桜なんかと一緒に並んで植わっているのは、やっぱりあれも園芸品種なんですか?つまり、接ぎ木で増やしていくクローンなんですか?」
「そうです。園芸品種です。そして接ぎ木で数を増やすクローンです。」
―――観賞用の園芸品種て、あんなパッとしないシキザクラのどこが一体観賞用なんですか?私の見る限り、あれは秋の紅葉の山なんかを背景にでもせんことには見ごたえはないように思いますけど。
「その通りですねぇ。秋の紅葉の中に咲いているときれいですよ。せやから、全国的に有名なシキザクラは、群馬県の「桜山公園」とか愛知県の豊田市の「小原のシキザクラ」とかですけど、両方とも秋の紅葉の山の中に1万本とか5千本とかが植樹されてて、紅葉と一緒に楽しむのが前提になってますな。」

群馬県のシキザクラと紅葉する山

愛知県のシキザクラと紅葉する山
―――京都ではどんなところに植えられてるんですか?
「大抵は道路沿いであったり、公園の中にポツンとあったりですね。サクラの固有名詞みたいなソメイヨシノの寿命が大体50年くらいでして、ソメイヨシノが枯れた後に京都市がシキザクラを植えてるんですよ。せやから、とにかく見た感じ目立たへんと思います。特に、周囲の木が枯れてる冬のシキザクラは。」
―――藤右衛門さんの本を読んでますと、接ぎ木で育てるサクラは個性がない、面白みがない、一本ごとのサクラに本来あるはずの良さがないと繰り返しいわれてますけど、今お伺いしてると、私らが目にするほとんどのサクラは園芸品種のクローンやないですか。藤右衛門さんが理想としたはったサクラ―――つまり、花弁にちゃんと密があって、虫が密に引き寄せられてやってきて、ちゃんと受粉して、実がなって、鳥がそれをついばんで、種が地面に落ちて、そこから芽が出て・・・・という風に育つサクラは、街中では見かけるの難しいですよね?
「その通りです。園芸品種になってしもたら、もう花弁に密はできませんからね。そうなってしまうと、受粉もない、実もできない。実生から育つことはないわけですよ。人の手を借りて接ぎ木して、数を増やしてやるしかないわけで。」
―――その見本がソメイヨシノやと、藤右衛門さんは生前何回もおっしゃってたみたいですね。
「ほんまにそうなんです。ソメイヨシノは接ぎ木に向いてるというか、接ぎ木して育てやすいサクラなんですわ。手間がいらんので、ご存じの通り、現在日本全国に広まっていますからね。その代わり、どの花もクローンやから画一化されて個性は全然ありません。」

ソメイヨシノ
―――そしたら、藤右衛門さんが理想にしてはるサクラというのは?
「山の中に1本だけ立って、見事に咲き誇ってる山桜なんかが代表やと思います。そういうサクラは毎年違う色の花を咲かせて、訪れる人を楽しませてくれますよ。全部、自然の営みに任せてますから。」

大自然の中に咲く山桜

山桜と野鳥
―――京都で、実生から育った一番有名なサクラはなんですか?
「祇園の円山公園の、あの有名な枝垂桜です。あれはもともと江戸時代から続いてきたサクラの命を引き継いでるんですわ。。江戸時代の元の名木は樹齢220年で昭和22年に枯れました。せやけど枯れる前に、去年亡くなられた藤右衛門さんのお父さん、つまり第15代目の佐野藤右衛門さんがその元の桜から種を6粒だけ採取して、自分の手元で大事に育ててはったんですよ。その種から育った苗木を昭和24年に円山公園に植樹したのが、現在の枝垂れ桜なんです。つまり、今の枝垂れ桜は2代目です。植樹して、もう80年近くなりますけど元気ですね。」

円山公園の枝垂れ桜
―――そしたら、残りの5粒の種はどうなったんですか?
「1粒は、我々の府立植物園の中に咲いてる大枝垂桜です。あとの残りの種は藤右衛門さんのところで大切に育てられてるという話ですよ。そういうわけで、円山公園のサクラと植物園のサクラは兄弟関係なんですよ。」

府立植物園の大枝垂桜
「それとね、2代目に当たる現在の円山公園の枝垂れ桜の種から育った苗木を、去年亡くなられた第16代目の藤右衛門さんが、平成10年に二条駅東口前のロータリーに植樹しはったんです。それも毎年見事な花を咲かせてくれてます。江戸時代の名木の命を受け継いだ3代目になるということですね。」

二条駅東口前の枝垂れ桜
―――やはり、そんな風に大切に実生から育てられたサクラにはクローンとは違う美しさがあると思わはりますか?
「はい、やっぱりそう思います。藤右衛門さんも、生前植物園の我々学芸員に繰り返しいうておられましたけど、植物は1本1本みんな違うから面白い。人間もそうや。みんな1人1人クセがあるから面白い。サクラもそうや。確かにソメイヨシノは接ぎ木が簡単で、植えたらどこでも同時に花が開くけど、あくまでも人工的なきれいさに過ぎひん。私もそう思いますよ。実生からの命をつないでいるサクラは全然違いますね。土地の風土も大切、天候も大切、鳥やら昆虫やらの生物も大切。そういうわけで、サクラといってもとにかく奥が深いです。そして面白い。我々の府立植物園にももっと大勢の方にぜひお越し願いたいと思います。」
むすび
以上のように、シキザクラという見慣れないサクラとの出会いがきっかけで、今回府立植物園の学芸員さんから思わぬお話を伺いました。
さて、学芸員さんとのやり取りの中でたびたび名前が登場した佐野藤右衛門さんについて、ここで簡単に紹介しておきます。

佐野藤右衛門さん
佐野藤右衛門とは、江戸時代から代々仁和寺の造園業に携わってきた庭師の号。
サクラとのつながりは第14代目から。
第14代目・藤右衛門が大正時代、府立植物園の仕事にかかわったのをきっかけにサクラの研究を始めたことによります。
その跡を継いだ第15代目・藤右衛門は、戦後の混乱期の日本の復興をサクラで下支えしたといわれます。
特に、円山公園の枝垂れ桜の苗木を植樹した翌昭和25年、ジェーン台風が京都を直撃した際、植えて間もないサクラを抱きしめて倒壊を防いだことで有名です。
その子息第16代目・藤右衛門は日本全国のサクラの育成に従事しました。円山公園の枝垂れ桜をはじめ、ケンロクエンキクザクラ、イチハラトラノオ、オオサワザクラなど、新種のサクラを発見・紹介して全国に普及させた功績が高く評価されいます。
90歳を過ぎてもなおかくしゃくと全国を飛び回って、各地のサクラを見守り続けていましたが、老衰のため昨年97歳で亡くなりました。
生涯現役、飾らない人柄で多くの人を魅了しました。
最後に、コラム子が改めて佐野藤右衛門さんの書籍を紐解いて感じたことをここで簡潔に述べて終わります。
サクラはその土地とつながり、
命をつなぐために花を咲かせている。
九州から北海道まで、太平洋側から日本海側まで、それぞれ気候風土も違う。
そして、気候風土ごとにそこに住む動物も違う、昆虫も違う。
みんな自然に対応して生きているわけだ。
対応しきれないときは植物は枯れてしまう。
動物も数が減っていく。
すべて自然とのバランスを保ちながら存在している。
サクラもそうだ。
そして、人間もそうではないか。
一生を通じて日本全国のサクラに大情熱の愛を注ぎ続けた第16代目・佐野藤右衛門さんは、
「人間もまた自然の中の一つの存在であることを、いつしか人は忘れ始めているのではないか?」
ということに絶えず警鐘を鳴らしていたように思えてなりません。
参考文献
①「桜のいのち にわのこころ」 佐野藤右衛門著 1998年
②「櫻よ」 佐野藤右衛門著 2004年
③「木と語る」 佐野藤右衛門著 1999年
この記事を書いた人
つばくろ(Tsubakuro)
京都生まれ、京都育ち、生粋の京都人です。
若い頃は京都よりも賑やかな東京や大阪に憧れを抱いていましたが、年を重ねるに従って少しづつ京都の良さが分かってきました。
このサイトでは、一見さんでは見落してしまう京都の食を巡る穴場スポットを紹介します。












