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前編:穏やかな温もり 明かりが灯される

今日もこの場所には、都の路上でその日暮らしをしていた病者や貧者、孤児たちが、お互いに寄り添って過ごしている。ここには様々な事情で都にて貧者や病者、孤児となってしまった人が生活しているのだ。

●故郷である村を失って都に出て来ざるを得なかった者。
●仕えていた主人が没落し、都で孤住(孤独な住者)の身となった者。
●病にかかったことで〈死の穢れ〉を恐れられ、それまでいた共同体を追い出されてしまった者など。

彼らにとってここは、たった一つ、最後に残された居場所なのかもしれない。

そんな残された最後の居場所で、彼らは今日もお互いを思いやって生きている。病気で苦しむ者を、そうでない者がお世話をする。または、お腹を空かせた子どもに食べ物を与えている人もいる。その光景を見るたびに、俺、辰巳(たつみ)はこう思うのだ。

穏やかな温もりのイメージ (1)-min

この場所には今、温かいつながりが形作られようとしているのかもしれない、と。

俺が今いるこの場所は、西鴻臚館(にしこうろかん)と呼ばれている。それは羅城門の少し北(右京七条一坊三・四町の地)にあり、都の中央を貫く朱雀大路の西に建てられている、瓦葺きの高大な建物だ。

なんでも、もともとは海の向こうから来る「渤海」という国の使者をもてなす迎賓館として、都の政(まつりごと)を行う貴族たちが建てたものらしい。かつては国威を示すために、荘厳な威容を誇って渤海の使者たちを大いに歓待し、そこで林邑楽を演奏したり、一流の学者・文人たちによって渤海使たちとの詩文の交勧会などが催されていたのだという。

海の向こうからやってくるイメージ

しかし数十年前(延長四年〈九二六〉)に渤海が滅んで交流もなくなった現在(天慶元年〈九三八〉)では、使われることもなくなっているそうだ。

鴻臚館はもともと朱雀大路を挟んで左右東西に建てられていたらしいが、東鴻臚館は早くから廃絶し、今その敷地は医療を司る典薬寮が管轄する薬園(薬草を育てる畠)となっている。俺がいる西側の鴻臚館、そこは今、都で生きる貧者や病者たちの生活の拠り所となっているのだ。

鴻臚館の敷地は、二町(南北二五〇m、東西一二一m)もの広大な敷地を持っているとか。俺たちのような貧者たちの生活の場としては、十分すぎる広さだ。本来、俺たちのような貧者や病者は悲田院や施薬院という公的な施設に収容されることになっているらしい。しかし今、それらがきちんと機能していることは疫病が大流行している時をのぞいてほとんどないのだという。だから貧者や病者たちは、都で不要となった施設を生活拠点として転用しているのだ。

ここ、鴻臚館に暮らしている病者や貧者の人々は、俺を含め一人一人違う個性を持って生きている。誰一人として同じ人は存在していない。しかし、それぞれの身分や生きてきた過去は違っていても、ここにいる人々にはみな、唯一つだけ共通していることがある。それは、この世に見捨てられた痛みと哀しみを誰よりも深く知っていること。そして、そんな時に心から手を差し伸べてくれる人がいることが、どんなに嬉しいことかを、他の誰よりも知っていることだ。

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ここに身を置く人々は、これまでずっと見捨てられてきた。ずっと見て見ぬふりをされてきた。社会から追放され、路辺に投げ出されて貧者となり、病者となり、孤児となり、それでも今を生きてきた。それがどれだけ辛いことなのか、自分の胸の中だけに必死に押し込みながら、ずっとその時を生きてきた。

だからこそ、他の誰よりもこの世を生きる痛みや悲しみを知っているのだ。もちろん、その中の一人であるこの俺も、心は皆と同じだ。

この世に見捨てられた俺たちは、都の中でずっと闇の中を彷徨っていた。強がっていても本当はすごく孤独で、悲しくて、辛くて、苦しかった。そして終わらない痛みにその身をうずめ、暗闇の中でただ一人泣いていた。

こんな俺たちに光なんてあるわけがない。
俺たちにあるのは、生きても地獄、死んでも地獄の世界だけ。

地獄の世界

この世界から逃れることはできない。そんな世界で俺たちは生きるしかないんだ。

・・・・そう思っていた。

俺たちに明日はない。俺たちに救いはない、と。

そんな時だった。
あの人たちが俺に、すべての俺たちに手を差し伸べてくれたのは。

手と手が触れ合うイメージ

私はあなたを見捨てない。絶対に、見捨てたりはしない。

その人はそう言って、俺をその温かい心で包み込んでくれた。どうしようもない俺を、どうしようもない罪ばかり重ねて汚れきった俺を、やさしく包み込んでくれたのだ。その人は俺に言ってくれた。

大丈夫、もし光が見えないならば、私がずっとそばにいる。
あなたの光が見える時まで、あなたが光を手にする時まで。
ずっと私があなたのそば寄り添い続ける。あなたの闇を照らす大きな光に、私がなる。

まばゆく、やさしい光

その言葉をかけられた時、どんなに嬉しかったか、どんなに救われた思いがしたか。闇の中を彷徨っていた俺に、凍てついた俺の心に一筋の光が差した瞬間だった。そしてその光はあっという間に大きくなって、俺を温かく包み込んでくれた。俺の心に、灯るはずがなかった明かりが灯されたのだ。あの時の嬉しさは今でも忘れない。そして絶対忘れない。一生忘れることはない。

ありがとう、お邑(おゆう)。
俺を助けてくれて、支えてくれて、本当にありがとう。

〈後編に続く〉

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