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昼は宮中に、夜は閻魔の庁に仕えたと伝えられる小野篁卿(おののたかむら)卿(802~853)。その篁卿が朱雀大路頭に閻魔法王を安置したことに始まるお寺。皆さま、私はいま、そんないわれのある場所、千本ゑんま堂 引接寺に来ております。

千本ゑんま堂 引接寺。

人はまったくおらず、静かな雰囲気が境内全体を支配していますね。まちなかにあるにもかかわらず、ここだけ別世界のような雰囲を気醸し出しております。
そんな境内に足を踏み入れてみますと、ありがたいことにスロープもあるではないですか。

千本ゑんま堂 引接寺、入口のスロープ。

車いすの人も入れるようになっているようです。障がいのある人も楽に境内に上がることができますね。
本堂に入ると何やら静かな威圧感があるような。それもそのはずです。本堂に入った正面にはご本尊の閻魔法王が安置されているのですから。
現存の閻魔法王は長享二年(一四八八)に造立されたもので、高さはなんと二・四メートルもあるのですね。残念ながら本堂正面からの撮影はご本尊が写ってしまうとのことで禁止されていますが、よくよく本堂の中を見てみますと確かに閻魔さまがいらっしゃいます。

閻魔法王。

閻魔法王さま(Xより転載)

本堂は往古の閻魔王宮を模しており、正面中央に閻魔法王右脇に司令尊左脇に司録尊が安置されております。壁画は、現存する地獄壁画の板絵としてはわが国最大のもので、室町・桃山時代に狩野光信等によって描かれたものです。

閻魔庁に仕えていた篁卿は、閻魔法王より法儀「精霊迎えの法」を授かりました。「精霊迎えの法」とは、現世浄化のために、塔婆を用いて亡き先祖を再びこの世へ迎える供養法のことです。そしてその根本道場として建立されたのが、このゑんま堂なのでした。堂に安置された閻魔法王は、篁卿自らその姿を刻んだのだそうです。

篁卿の後、寛仁元年(1017)、藤原道長の後援を得た比叡山恵心僧都源信の門弟・定覚上人が、ここを「諸人化導引接仏道」の道場とすべく「光明山歓 喜院引接寺」と命名し、仏教寺院として開山したということです。

イベントとして、2月強運節分会ゑんまさまのこんにゃく煮き(中風除け諸病除けとしてゑんま様の好物)の授與、5月の千本ゑんま堂狂言8月のお精霊迎えが、よく知られています。
たとえば千本ゑんま堂狂言。これは京都の三大念佛狂言のひとつで、ほとんどの演目にセリフのあることが大きな特徴です(京都市の無形民俗文化財に指定されている)。

千本ゑんま堂狂言の様子。

千本ゑんま堂狂言の様子(Xより転載)

8月に行われる精霊迎えは、ご先祖の精霊がゑんま様のお許しを得て各家庭にお皈りになるものです。この時期になると地域の人々を中心に多数の参拝者が訪れます。そして水塔婆を流し迎え鐘をついて、その音にのって皈ってこられる「おしょらいさん」をお仏壇の扉を開いてお迎えするのです。そして15日夕~16日になると。再びお皈り頂く“お精霊送り”がなされるというわけです。

普段は静かな場所ですが、イベント事となると多くの人々が集まるようですね。Xを拝見しますと、多くの人で賑わっている様子がものすごく伝わってきます。
今回の来訪では人はいませんでしたが、閻魔法王の威容を見ることができたのでよかったとしましょう。

千本ゑんま堂 引接寺

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