第3楽章 悲しみ・愛・そして・・・・。―後編―
投稿日:2023年03月09日投稿者:じゅうべい(Jubei)
カテゴリー:第9遊行 闇よりの目覚め―俺たちに明日はない?― , 平安仏教聖伝―阿弥陀聖(ひじり)空也編―
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後編:哀しみ・愛・そして・・・・・
怪我が治りきっていなかった俺は、女に支えられながら建物の外に出て、そばにあった木の長椅子に二人で腰掛ける。ふと、何気なく空を見上げると、幾つもの小さな星たちが夜空の上で煌めいている姿が目に映った。
ここから俺たちを見下ろしている幾つもの星々。あの星たちは、俺が抱える苦悩など知る由もないだろう。星たちは今日も、あの空の上で、何の苦悩もなく、何も知ることなく、純粋に輝きを放ち続けるのだろう。しかし、俺は・・・・・。
「私は時々、こうして外に出て星たちを眺めているのです。寝られない夜は、特に」
女がそう口を開く。
「あんたでも寝られない夜があるのか?」
少し意外だった。俺はこの女を数日間見ていたが、どんな時でも気品があって、慈悲深く病人や貧困者の世話をするその姿からは、そんなふうには微塵も感じなかったからだ。
「ええ、私も時々、夢に見るのです。今は亡き父や母の夢を。父や母は私の唯一の家族で、ほかの誰よりも信頼し、誰よりも深くお慕いしておりました。しかし、今はもう・・・・」
女は悲しそうに目を伏せ、右手でぎゅっと胸を押さえた。
今の都では、俺のほかにも孤独に喘ぐ人々がたくさんいる。
今、京の都は病んでいる。
だからこそ、心からの平安を求めているのかもしれない。
「心から慕っていた、頼りにしていた人が突然死ぬというのは、やはり・・・やはりつろうございます。その悲しみは、痛みは、今も私の中に残り続けている。そしておそらく、これからも永遠に私の中に残り続けるでしょう」
月明かりに照らされて、女の顔に涙の筋が走っているのが見えた。女はその涙を手で拭ってふきとる。
「だからこそ、私はこうして夜、星を眺めるのです。星たちは、どんな時でも空から私たちを見守っている。もしかすると、父や母も星となって私を見守ってくれているのかもしれない。そんな気がいたしますから」
俺は再び空に煌めく星々に目をやった。
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「俺も」
俺はその時、自然と女に向かって口を開いていた。
「俺も、なくしたんだ、大切なもの。俺にとって最も大切なものを」
女が俺の方を見ている。
「でも・・・・でも二人は、俺のせいで二人は」
そう思っていると、ふと、投げ出していた片方の手に温かい手が触れる。
その手はゆっくりと、俺の冷たくなった手をさすってくれている。俺が再び目を開けて女の方を見ると、女は俺の方を見てゆっくりと一回頷いてみせる。その両目に涙をためながら、やさしく、ゆっくりと。
「痛みを、悲しみを、自分の中だけにしまわないで下さい。私でよければ、ぜんぶ受け止めます。あなたの痛みを、悲しみを、ぜんぶ、私が」と、もう片方の手のひらを自分の胸にあてた。
「でも・・・・・」
「大丈夫、私は見捨てない。どんなことを聞いても、何があっても、私はあなたを見捨てない、絶対に・・・・・」
見捨てない。
女の目には、何か強い意志が宿っていた。やさしく、それでいて何があっても揺るがない意志のようなものが、そこにあるように感じた。
この人になら、話せるかもしれない。
この人に話したら、何かが変わるかもしれない。
そう思ったからかもしれない。俺はゆっくりと、俺のことを話し始めた。かつての俺のこと。かつての愛する家族のことを。
第9遊行(完)
この記事を書いた人
じゅうべい(Jubei)
みなさんこんにちは。今日も元気がとまらない地球人、じゅうべいです。好きなことは遊ぶこと(漫画に映画、音楽(Jロック等)にカフェ巡り)です。
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