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はじめに
「節分にまるかぶりする恵方巻て、京都から始まったんやてね?」
こういう話を耳にすることがよくありますが、これは実のところ根も葉もないデタラメに過ぎません。
恵方巻の発祥の地とされるのは、明治時代の大阪・船場であるというのが有力な説だそうです。
これに対して、京都の節分で切っても切れない食べ物と言えばイワシです。
イワシの頭と柊の厄除け
面白いことに京都のスーパーマーケットでは、節分が近づくとどの店でも我先にと鮮魚のコーナーにイワシが売り出されます。
普段なら人気がなく見向きもされないイワシですが、節分だけは特別。
コラム子も例外ではなく、子どもの頃から節分にはずっとイワシを食べていました。

焼いたイワシ
しかし、実際のところ食べることよりも食べた後が肝心なのです。
イワシの頭と骨を柊の枝に刺して、玄関に飾るというわけです。

イワシの頭と骨を柊に刺して玄関に飾る厄除け
鋭いとげのある柊は鬼を追い払うといういわれがあり、昔から京都の家々の庭の北東(鬼門に当たる)の隅っこに植えられてきました。
鬼の嫌がる柊の枝に、強烈なにおいを放つ焼いたイワシの頭をグサッと刺して玄関に飾っておけば、鬼は大丈夫、絶対に寄り付かないという言い伝えです。
豆まきをする前に、まず焼いたイワシを食べ、頭と骨を柊に刺して玄関に飾る。
これが京都の節分です。
「恵方巻?なんや最近ではそんなもんが流行ってるらしおすな。」
生粋の京都人ならさしずめ洟もひっかけないに違いありません。
恵方巻。―――いったい誰が流行らせた?
コラム子が子どもの頃には、節分に巻き寿司を食べるなどという習慣は影も形もありませんでした。
ところが、いつしか「今年の恵方はXXXX」、「黙って巻き寿司をまるかぶり」などというようになり、気が付けば「節分には恵方巻を食べるべし」みたいな風習が定着してきました。

恵方巻
この記事を書くにあたって恵方巻の歴史と由来を調べてみましたが、諸説はあれど、これが一番確かだといえる文献は見当たらないようです。
戦国時代の武将が戦の前に食べていたのが始まりとする説や、明治時代に大阪の船場の旦那衆が花街で芸妓と遊び戯れる時に食べたという説などもないではありません。
ただ、ちゃんとした記録として残っている恵方巻の歴史は意外に新しいのです。
そして、今日の恵方巻のイメージが作り上げられたのも、実はこの時からなのです。
まず1930年代に大阪の寿司屋の組合が、その次には1970年代にこれまた大阪の海苔と厚焼き玉子の組合が、恵方巻の由来・ルーツを解説したチラシをばらまいたことがその始まりでした。
そのチラシに記載されていた「昔からの言い伝え」が、次第に恵方巻のイメージとして広まっていったといえるでしょう。
更にそのイメージを決定づけたのが、コンビニの「セブンイレブン」でした。
1989年に広島の「セブンイレブン」が、節分に太巻き寿司を「恵方巻」と銘打って販売したことが本格的なブームのきっかけだといえます。
これを契機に「恵方巻」のネーミングは一気に浸透して、1998年にはコンビニ各社が「恵方巻」の全国展開に乗り出しました。
その後、スーパーもデパートも「恵方巻」の市場に参入して今日に至っています。
むすび
以上簡単に解説した通り、恵方巻の出現自体は非常に新しく、その歴史的な由緒や由来は定かではありません。
はっきりしているのは、古くは大阪の商業組合が結束して、新しくは大手コンビニが宣伝広告のキャンペーンを大々的に展開した結果が、今日の恵方巻のイメージを作り上げたということです。
もともと京都の伝統行事でも何でもない「節分には恵方巻」という新しい習わし。
しかもまるかぶりなどという下品な食べ方。
―――どれをとっても、京都とは水と油の関係です。
しかるに京都のコンビニでも、スーパーでも、デパートでもやっぱり節分には恵方巻が販売されます。
京都人が恵方巻を食べる理由。
そっと教えてあげましょう。
―――良心の呵責を覚えることなく、その日料理を手抜きできるから。

この記事を書いた人
つばくろ(Tsubakuro)
京都生まれ、京都育ち、生粋の京都人です。
若い頃は京都よりも賑やかな東京や大阪に憧れを抱いていましたが、年を重ねるに従って少しづつ京都の良さが分かってきました。
このサイトでは、一見さんでは見落してしまう京都の食を巡る穴場スポットを紹介します。













