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皆さん、お元気ですか。落ち武者です。最終回でございます。いよいよスサノオ(スサノヲ)様はどうなられるのか、お話の続きをしましょう。

初めてスサノオ様の子、イタケルノカミ(五十猛神)が高天ヶ原より降られるときに、多く樹の種を持って、降られました。しかしながら、樹の種を韓国(からくに)に植えずに、全て持ち帰られました。遂に筑紫(つくし※今の九州と云われています。)から始まり、凡ての種を大八洲國(おおやしまのくに※日本の本土、私はここでは、列島すべてと解釈します。)
の内に播いてお植えになり、青山にならないところはありませんでした。

このことから、イタケルノミコト(五十猛命)を有功(いさをし※功績を残された)の神とされました。即ち紀伊國(きいのくに※今の和歌山県と三重県の一部と言われています。)に居られる大神がそうなのです。(ここでは、スサノヲ様の子供であられるイタケルノカミを大神と云うのだそうです。)

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スサノヲ様は云われました。「韓国(からくに)の島には、尊いお宝が沢山ある。もし私の子の治める国に、渡る船が無ければそれはよくないことだ。」と云われました。

そしてひげを抜いて撒かれました。たちまち杉の木になりました。また胸の毛を抜き、撒かれました。これはヒノキになりました。お尻の毛はマキの木になりました。眉の毛はクスの木になりました。それでその木の使い方を御定めになりました。

スサノヲ様は云われました。「杉やクスの二つの木は、船を造る素材とすべし。ヒノキは宮を造る素材にすべし。マキは棺として、人をあの世へ送るのに使うように備えるべし。その様々な木の種、皆よく播くべし。」と云われました。

スサノヲ様の子、イタケルノミコト、妹であるオオヤツヒメノミコト(大屋津姫命)、ツマツヒメノミコト(柧津姫命)その神様は、木の種をよく播き施されました。そして紀伊の国に入られました。

そうしてスサノオノミコトは、熊成の峯に居られ、最後に根の国に入られました。

(こうして、私たちは祖神様が最後に残されたものによって生活を営むことが出来るのです。私たちは心を一つにして、代々受け継いでいくのです。)

(終わり)長い間、ご愛読ありがとうございました。これで、神道のお話はおしまいです。誠にありがとうございました。

スサノオノミコト

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