2019年6月

おはようございます!
くらま天狗です( ̄▽ ̄)b

○○さんに入る文字は、例えば一保堂さん。
後ろの○○さんに入る文字は、例えば緑茶。

京都には老舗の小売店が多くて、そのどれもがスーパーで買うよりも高品質で美味しい食品を販売していらっしゃいます。なので、「○○さんの○○買うてきたよ」と聞くだけで美味しいものを買ってきたんだなと思ってしまいます。

ただ、ここで美味しいもので「嬉しい」または「羨ましい」と思う反面、「贅沢な」「また無駄遣いして」と腹の中で思ってしまうのは、京都人の二面性かも知れません。実際、お金さえ払えばいくらでも美味しいものがあるので、食い道楽に出費しすぎて、終いには都落ちしていく人たちは少なくありません。

なので、京都に何代も住んでいるような人は、だいたいケチで節約家の人が多いですね。食べ物なんかは、主にライフやフレスコや公設市場で買っていると思います。

おはようございます!
くらま天狗です( ̄▽ ̄)b

他府県から来られた観光客の方が違和感を感じられるのが、いわゆる「京都式商売」。京都の商売人はペコペコする人は少ないです。どちらかと言えば「売ってやってる」ぐらいの意識でいると思って正解です。それで商品が売れなくても、京都人は接客態度を変えないので、京都人は商売下手です。

ですが、もちろん頑張っているお店は多いですし、何よりも京都の商売人は他所よりも高品質なものを売りますので、いわゆる京都ブランドが付きます。京都に住んでいると、当たり前に食べている頂き物のお菓子が、全国でも有名な銘菓だったりすることがよくあるので逆に驚いたりします。また、子供のころあんなに嫌っていたお干菓子や金平糖がこんなに有名な物だったなんて、というのは京都ではありがちな話です。

話は戻りますが、いわゆる京都のお店で買い物をする時は、客の側が下手(したて)に出ると上手く行きます。ちょっと違和感があるかも知れませんが、京都に生まれ育った人間の感覚としては、客の側がペコペコするぐらいが丁度いいみたいです。

ただし、スーパーやコンビニでは店員さんは普通の接客をされます。主に個人商店で京都式商売の傾向が強いように感じますね。

おはようございます!
くらま天狗です( ̄▽ ̄)b

毎年、夏に行われる「五山送り火」、うちは父が消防士だったので、現場に詰めていたそうですが、これって「大文字焼き」なのか「五山送り火」なのかいまだに分かりません。

五山送り火1

うちから大文字が見えることもあってか、子供の頃は完全に「大文字焼き」と呼んでいましたが、いまは「五山送り火」と呼ばないと怒る人が居るそうで・・・。一体どっちなんでしょうね。

「五山送り火」(ここではそう呼びます)は、高い建物の屋上階から観ると、一気にたくさんの山が見れておいしいです。以前は小学校の校舎とか近隣住民に開放したりしていて良かったのですが、最近はそういう事も減ったみたいですね。

あと、高層ホテルなんかでは五山送り火の眺めを独占しているみたいです。お金をたくさん払った人だけが宗教的意味合いのある五山送り火の眺望を独占できるというのは、資本主義の曲がった思想のような気がします。(私、政治にはあまり興味がないですが。。。)